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「都会にはない静けさ」
介護の仕事も楽しむ栗城友和さん

筆者が10年前に昭和村への移住を決めたとき、村の大工さんが空き家の改修工事を引き受けてくれました。丁寧な仕事ぶりが評判の方で、冬は真夜中に除雪車で道路の雪片しに出動してくれる頼れる存在です(しかも、この大工さんが除雪した後の雪道が、実に美しく、すがすがしい!)。
その大工さんの自慢の娘さんが数年前に昭和村にUターン。そのときに連れてきたお婿さんが栗城友和さんです。村の介護施設で働く友和さんにお話を伺いました。

「昭和ホーム」職員 栗城友和さん
1996年生まれ。宮城県出身。2022年に昭和村に婿入り。村の特別養護老人ホーム「昭和ホーム」の職員として働く。

わりと自由に生きてきた

――出身はどちらですか?

友和さん

宮城県の大崎市です。何もないけど自然はあって、田んぼが多いですね。幼少期は加護坊山に行ってダンボール滑りとかして遊んでいました。小学校2年生から高校までは野球をやっていました。

――ごきょうだいは?

友和さん

兄が2人と姉が1人。

――4人きょうだいの末っ子なんですね。かわいがられたでしょう。

友和さん

かわいがられたっていうより、ほっぽられてた(笑)。近所に住んでたじいちゃん、ばあちゃんが、わがままは叶えてくれてたのかなあ。駄目なことは駄目と言ってくれるんですけど、孫には甘い。なので、わりと自由に生きてきたという感じではあります。

――昭和村に来る前はどんなお仕事をしていたんですか。

友和さん

いろんな仕事をしてみたいっていう思いが強くて、昭和村に来るまでに6つぐらい業種を経験しています。最初は製造業を3年ぐらい。半導体の再生利用で、機械を使った研磨の工程を担当していました。二十歳のときには、立ち上げ作業で台湾にも行きました。

――それは特別な体験ですね。

友和さん

いい体験をさせてもらいました。わりと仕事には恵まれているのかな。

台湾から帰ったときに離職して、次は土木業に。斫り(はつり)っていう、コンクリートとかを壊していく仕事を2年ぐらいやっていました。

昭和村に来る前は、携帯電話のプランをお客様に説明するクローザーっていう営業の仕事をしていて、東北6県を一人で車でまわっていました。山形県の南陽市の店舗に行ったときの店長が、うちの奥さん(由莉亜さん)だったんです。

義父に助けられて子育て中

――由莉亜さんの第一印象は?

友和さん

うちの奥さんがバリバリ仕事していた時期だったんで、仕事ができる女性ってカッコいいなあって思って。わりとすぐに結婚は考えて、お義父さんに会いに昭和村にも何回か来ました。

――友和さんのお義父さんには、私もお世話になっています。いつ昭和村に引っ越してきたんですか?

友和さん

3年前かな。2022年の冬頃です。

――住んでみてどうですか?

友和さん

昭和村は静かですよね。公民館から子どもの声とか聞こえてきたり、夜は虫の鳴き声とか。都会では絶対感じられないだろうなって。そういうのが結構好きです。もう少し雪が少なければいいと思いますけど(笑)。

――昭和村でお父さんになったんですよね。娘さんはおいくつ?

友和さん

1歳になりました。どっちに似たのか活発で。今、つかまり立ちが楽しくて、目が離せなくなってきています。パパ慣れはまだで、奥さんが抱っこしないと寝ないとか。私と奥さんが夕飯食べるときとかは、お義父さんが娘を見てくれるんで助かっています。

友和さんの義父の栗城三市さんと長女、のえるちゃん

お茶飲み気分で介護職

――昭和村に来て、初めての介護の仕事はどうですか?

友和さん

介助が必要な方が多いので、ベッドから車椅子に移動するとか、基本的な動きは一から勉強しました。

――介護の経験ゼロでも昭和ホームで教えてもらえるんですね。

友和さん

はい。なので、ありがたいです。

――これまでの仕事とは全然違いますよね。

友和さん

昭和ホームの利用者の方々は高齢なので、一日一日で状態が変わる人がほとんどなんです。昨日歩けていたのに今日は膝が痛くて歩けないとか。言ったことが通じないこともありますし。人と関わる仕事って大変なんだなぁと、あらためて思います。ただ、大変ではあるんですけど、私はあまり“仕事”って考えないようにして、おじいちゃん、おばあちゃんと話しに行ってるっていう感覚でいます。

――“仕事”って考えないと、どう違うんですか?

友和さん

イライラしないですね。隣のじいちゃん、ばあちゃんちにお茶飲みに来てるぐらいの感覚だと、別に話が伝わらなくてもしょうがないかって思えます。

――利用者の方々にとっては、若い友和さんと話せて嬉しいかもしれませんね。

友和さん

孫のように思うのか、「上の人の言うことはちゃんと聞いて」みたいに心配してくれる人もいます。あまり過度に接しない方がいい人もいますし。

「昭和村も昔はもっと活気があったんだぞ」っていう話も聞けたり。

昔の話を聴くのは面白いなあと思って。その人がどうやって生きてきたのかとか、その人の成り立ちを知るっていうか、そういうのが好きなんで。

昭和ホームで利用者の方と談笑のひととき

――私もそういうのが好きなんですよ~。

友和さん

子どもの頃から、じいちゃん、ばあちゃんっ子だったので、そのおかげもあるのかな。事務作業とかは通常の仕事と思っているんで、妥協したくないところはあります。

――この仕事は向いてそうですか?

友和さん

うちの奥さんには、向いていると言われます。自分では遊びに来ているようなイメージなんで、上の人からすると、「仕事する気で来てくれ」って感じなんだろうなぁとは思います(笑)。でも職員の方々とも仲良くさせてもらっています。

――味わい深い経験してますねえ。

友和さん

はい。結構おもしろい人生!

友和さんのオススメ昭和村スポット

公民館の裏の農道

国道401号を金山町方面に向かうとき、コイン精米機の手前に、右に入る道がある。公民館や村役場、熊野大神宮の裏手にあり、オーハラ堂の少し先に抜ける。

友和さん

公民館の裏の農道が一番好きですね。奥さんと子どもと散歩したりします。一本道で静かで、虫とかの声もするし。あとはなんでしょうね。単純に、たぶん奥さんといるのが楽しいので。

【聞き手】須田雅子(昭和村宣伝部員)
直感に導かれ、2015年秋に東京から昭和村に移住。村の暮らしを日々満喫している。
著書に『奥会津昭和村 百年の昔語り 青木梅之助さんの聞き書きより』(歴史春秋社 2021)。

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