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「試しに来て、そのままいます」
社会人1年生で織姫になった吉村菜々子さん
大学を卒業してすぐに「からむし織体験生事業」で昭和村にやってきた吉村菜々子さん。しらかば荘のアルバイトで一緒になったとき、船舶免許を持っていると聞き、社会人1年目の初々しさの中にある個性的な一面に興味をそそられました。
菜々子さんの昭和村での生活も、早いもので5年目に突入。自然体で今を生きる菜々子さんの暮らしぶりに迫ります。
- 織姫28期生 吉村菜々子さん
- 1998年生まれ。宮城県出身。2021年に、からむし織体験生(通称「織姫」)として昭和村に移住。アルバイトを掛け持ちしながら、スポーツから文化活動まで日々を楽しく過ごしている。
じいちゃんが教えてくれた海
――菜々子さんのご出身は?
- 菜々子さん
-
宮城県亘理町といって、海側で福島寄りの町です。
――そう言えば、前に船の話をしていましたよね。おじいちゃんが乗っていたんでしたっけ?
- 菜々子さん
-
そうです。じいちゃんは昔、捕鯨船の通信士で、石巻に住んでいるんですけど、ちっちゃいボートでよく海に連れていってくれました。じいちゃんが漁業権を持っていたので、小学生のときから魚釣りもやらせてもらって。
船の上で、じいちゃんが採れたてのウニをカンカンって割って、海水でヒャって洗ったのを、そのまま食べさせてくれて、「ウニってすごくおいしいんだ!」って思いました。
――それは羨ましい!
- 菜々子さん
-
じいちゃんが浜の桟橋に籠を仕掛けていて、じいちゃんについて行くと、カニとかいろいろ入っていて、「うわー!」って。そのまま持って帰って家でさばいてくれて。

――良いおじいちゃん。菜々子さん、確か、船舶免許を持っているんですよね。
- 菜々子さん
-
小型船舶2級免許を持っています。じいちゃんが乗っていたボートに乗りたくて免許を取ったけど、結局1度も乗らないまま、船は手放してしまったんです。免許更新もしたけど、ペーパーです。
就活が性に合わず、昭和村の織姫に
――菜々子さんは大卒ですぐ昭和村に来たんでしたよね。大学ではどんな勉強を?
- 菜々子さん
-
仙台の大学で考古学をやっていました。発掘できるっていうので、なんとなく面白そうだなって思って。
――発掘に惹かれたんですか?
- 菜々子さん
-
そうですね!そう言えばそうだ。発掘がしたくて。
恐竜発掘ってなんかカッコいいじゃないですか。恐竜とはちょっと違うけど、「考古学も発掘できるんだ!」って思って、発掘の先生のいる大学に入りました。喜多方の古墳を掘ったこともあります。
――昭和村のからむしに興味を持ったきっかけは?やっぱり手仕事が好きだったんですか?
- 菜々子さん
-
子どものときから、細かいことをするのが好きで、アイロンビーズっていう、たとえば、星形の型にビーズを1個1個嵌めていってアイロンでくっつけるとか、フェルトでお裁縫とか、ずーっとそういうのをやっていたんですよ。実家の近所に機織りをやっている人が住んでいて、遊びに行ってやらせてもらったり。
昭和村の織姫制度については、募集か何かが新聞に載っていたのを母親が見つけて、「こういうの好きなんじゃない?」って。
――お母さんが見つけてくれたんですね。
- 菜々子さん
-
私の性格が就活にとことん合わなくて。「やだー!」って言って、まともに就活をせず、地域おこし協力隊とか受けてみたりして。
昭和村の織姫に受かったんで、1年だし、試しにって来て、そのままいます。来たのは2021年。
――織姫に応募する前に昭和村に来たことは?
- 菜々子さん
-
面接のときが初めてでした。母に車に乗せてもらって来たんですけど、ずーっと山道だから、「本当にこの先に村があるの?」「カーナビ間違ってるんじゃないの?」って言いながら来たら集落が見えて、「おおおー!」って(笑)。
――織姫になって最初の1年はどんなでした?
- 菜々子さん
-
一番印象に残っているのは、梅漬けなんですよ。おいしかったので。自分たちで作ったのだけじゃなくて、人からもらう梅漬けも、ちょっと甘いのとか、紫蘇が強いのとかいろいろあって、「それぞれ流儀があるんだあ。おもしろ~!」って。



白いものは、ヒル(ノビル)の球根。
――自分たちでも作る機会があったんですね。
- 菜々子さん
-
役場のからむし振興室(現在のからむし振興係)の1日のイベントとして、梅を買いに高田(会津美里町)の選果場にハイエースで乗せていってもらって。あと、じゃがいもの芋掘りも面白かったです。
――菜々子さん、掘るの好きだから(笑)。
- 菜々子さん
-
1か所掘ってゴロゴロ出てくると「うおーっ!次っ!次!」って思う(笑)。

――すごいなあ。若さですね。私なんか1か所掘るだけでヘトヘトになっちゃう。
えーっと、からむし織体験生で村に来たので、梅と芋はちょっと置いといて…。
- 菜々子さん
-
あははは(笑)。
――からむし関係で印象に残ったことは?
- 菜々子さん
-
からむし関係は…(急にうなだれて)、私、糸績みあんまり好きじゃないんですよ。
――そういう人もいるんだ~。
- 菜々子さん
-
でも、体験生、研修生のときは、作品の期限があって糸績みに追われていたから、たぶん好きじゃなかった。
私、「よりかけ」が好きです!オツムギワク(糸車)を手でぐるぐる回すのが楽しい(笑) 。
――「よりかけ」をやるには糸を績まないといけないけど(笑)。

――オツムギワクは家にあるんですか?
- 菜々子さん
-
オツムギワクは、いただいたのがちょっとガタガタで、酒井とうふさんに直してもらって使っています。
――酒井とうふさんで直せるんですか?
- 菜々子さん
-
もともと大工さんだったんで。遊びに行ったときに話したら、「直してやっから置いてけー」って。
――酒井さんのお宅にはよく行かれるんですか?
- 菜々子さん
-
私も他の織姫さんたちも、ちょくちょく行って、お茶を飲んだり、食事をご馳走になったり、いろいろとお世話になっています。
- 酒井勇貴さん
-
織姫もカスミソウの新規就農で来た人も、自分の子どものようなもの。
右も左も分からない状態で村に来るんだから、俺にできることはやってやりたいと思ってる。
みんな実家だと思って、「おとー!」って気安く来るんだ(笑)。
――酒井さんのような方がいるから、村に移住してきた人たちも、この村で安心して暮らしていけるんですね!

酒井とうふ店
酒井さんが営む「酒井とうふ店」
酒井とうふ店を訪ねると、素敵な出会いがあるかも!
――織姫の体験生(1年目)と、その後の研修生時代には、課題でどんな作品を作ったんですか?
- 菜々子さん
-
体験生は高機で半幅帯。研修生は2年やったんですけど、1年目は道の駅に展示するオブジェの布を作って、2年目に地機で男帯。村の地機講習会、楽しいです。自分は作らないで、人のやっているところを、ずーっと見ていてもいいなって(笑)。でも、見ていると結局やりたくなるんですよ。
あと、アンギン編み台で何か作りたいと思って、越後アンギンの資料を見ながら、分からないところは自己流でやりました。研修生は3年間できるんですけど、2年でやめて、去年からはバイトしています。


バイトで知る民具の世界
――今はどんなバイトを?
- 菜々子さん
-
民具整理と放課後児童クラブ。学童ですね。週に2回か3回、3時から6時ぐらいまで子供たちが遊んでいるのを見ていたり、折り紙を折ったりしています。民具整理は週3回くらい。人不足なので保育所の送迎バスの添乗もしています。
バイト以外では、バドミントン、家庭バレーボール、「わらべの会」(コーラス)、盆踊り愛好会。文化祭の前だけ「切り絵クラブ」も。ほとんど誰かが誘ってくれて始めたんですけど楽しいです。
――村暮らし満喫!スポーツも好きなんですね。
- 菜々子さん
-
最近気づいたんですけど、運動、別に得意ではないけど好きなんです。村のバレーボール大会にも毎年出るには出て、「あああっ、ごめんなさーい!」って、試合中、ずっと言ってる(笑)。
――民具整理ではどんなことをしているんですか?
- 菜々子さん
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ちょっと前までは、もらってきた民具の掃除をしてカードに記録したり。最近は収蔵品のデータの編集とかをやっています。新型コロナ感染症流行後、民具についての聞き取り調査を行えていないので、「これからまたやりたいね」って、民具整理の先輩とも話しています。

――民具に関わっていて面白いと思ったことは?
- 菜々子さん
-
豆収穫するじゃないですか。豆をサヤから取り出す。粟とかの穀類も収穫するのにぶつ(打つ)じゃないですか。豆をぶつ棒と粟をぶつ棒は違うんだって、民具整理をやっていて知って。それぞれに合わせた形にちゃんとなっているんだなって。
私から見たら豆でも粟でも同じ道具でやっちゃえば?って思うけど、昔は道具を全部最適化していたから、これだけたくさんの道具があって、だから蔵が必要なんだなって思います。

――気の向くままに、やりたいこと、やれることが昭和村にはたくさんあって、菜々子さんは村が合っていそうですね。
- 菜々子さん
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そうですね。たぶん、しばらくいると思います。
――今後の抱負みたいなことはありますか? 菜々子さんは今を生きているから、そういう感じじゃなさそうな気もするけど。
- 菜々子さん
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うーん、目標を決めても覚えていないんですよ(笑)。いろんなことに気を取られて2日ぐらいでもう忘れているんです。
昭和村の70代、80代のベテランの人たち、すごく元気じゃないですか。
私、年取っても、ああいう動けるベテランになれるように頑張りたいなあと思っています!
菜々子さんのオススメ昭和村スポット
小中津川区長事務所の近くの川

小中津川区長事務所から道の駅方面に向かう道のすぐ右側に見える川。
- 菜々子さん
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昭和村は地盤が強いから地震であんまり揺れないって言いますけど、ここで川底を見ると結構岩盤で、「ああ、こういうことなんだなあ」って思うんですよ。歩いて道の駅に行くときに見ると、春の雪解けの頃とか、水がドドドドドッて流れているんで、「うわー!すごーい!」って見ています。
【聞き手】須田雅子(昭和村宣伝部員) 直感に導かれ、2015年秋に東京から昭和村に移住。村の暮らしを日々満喫している。 著書に『奥会津昭和村 百年の昔語り 青木梅之助さんの聞き書きより』(歴史春秋社 2021)。 |