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「人が来てくれるのが宝」
ぶっきらぼうだが優しい酒井勇貴さん

「とうふあっぞー」「豆腐なくなったぞー」の看板が目印の「酒井とうふ店」。
前回、紹介した元織姫の吉村菜々子さんとお茶のみに行き、店主の酒井勇貴さんに印象的なお話をたくさん聞かせていただきました。勇貴さんの素敵なことばの数々をご紹介します。

- 「酒井とうふ店」店主 酒井勇貴さん
- 1939年生まれ。豆腐屋を営む元大工。織姫やカスミソウ就農などの移住者のほか、店にやってきた様々な人たちとのご縁を大切にしている。
大工から豆腐屋に
――菜々子さんから聞きましたが、勇貴さんは、元は大工さんだったんですね。
- 勇貴さん
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そうだ。おかげさまで家も何軒も建ててみた。
――それが、どんなきっかけで豆腐屋をやることになったんですか?
- 勇貴さん
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野尻に豆腐屋があったんだ。その豆腐屋のじいちゃんが店をやめるって言ったとき、うちでやるかとなって。平成5(1993)年に始めた。俺はまだ大工仕事が忙しいときだから、野尻のじい、何日も来て釜こしぇえたり、おっかあ(妻のハナコさん)に教えたりしたんだ。あの頃、ばあもいたったし、おっかあとばあが二人で本気になってやっていた。
そのうち、豆腐が美味いって口コミで広がって、カーナビにも入れてくれて。「また来たー」なんて人もあったし、お客さんが大勢だった。
十年くらい前に東京から来て、ひょこっと豆腐買いに寄ってお茶のみしていった人も、夕べも電話でしゃべったが、「忘れられない思い出だ」なんて言って。
豆腐屋やってよかったのは、人が来てくれることだ。人が来てお茶を飲んでいってくれるのがいい。知らねえ人が親戚のように来てくれるのがありがたい。

人に見分けつけることねえ
――代々の織姫さんたちも、ここでよくご飯を食べさせてもらっているようですね。勇貴さんにとって、織姫さんってどんな存在ですか?
- 勇貴さん
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娘だな。誰であれ、人に見分けつけることねえ。菜々(吉村菜々子さん)なんど、わが家とおんなじだ。菜々が梅漬け持ってきたときには、「おお、これ味いいから、また持ってこー」なんて。
前に昭和村にいた織姫さんたちも、時々電話くれたり、村に来ると思い出して「おとう!来たぞー」と顔を見せてくれる。
ありがてえは、ありがてえのや。こんな年取った、とぼけたような二人のとこさ来て、何かやっていったり、話語ったりしていくんだから。
織姫であれ、カスミソウを作っている人たちであれ、誰でもいいから心安く来てくれればいいのや。それが年取ってからの楽しみだ。

自分のやってきた道だけ
――ここには村内外から出入りする人たちが大勢いるんですね。
- 勇貴さん
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人が来てくれるというのはありがたい話だよ。自分としては宝だ。いざっていうときは、できることはやってやるのが一番だ。
人間の付き合いっていうものは、金で買えるもんでねえからな。
――宝のような言葉をたくさんいただきました。
- 勇貴さん
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自分のやってきた道だけだ。
勇貴さんのオススメ昭和村スポット
松の木渕

「下平運動公園」の上手にある野尻川がカーブする辺り。
- 勇貴さん
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魚の集まる所だから釣り堀と同じだ。紅葉の頃、きれいなんだ。7、8年前まで10月上旬にマス釣り大会をやって、大勢の人たちが大きな魚を釣って楽しんだ場所だ。
「酒井とうふ店」
福島県大沼郡昭和村大字下中津川字宮ノ前5348
| 【聞き手】須田雅子(昭和村宣伝部員) 直感に導かれ、2015年秋に東京から昭和村に移住。村の暮らしを日々満喫している。 著書に『奥会津昭和村 百年の昔語り 青木梅之助さんの聞き書きより』(歴史春秋社 2021)。 |

